一般の人にとって難しい概念である人工心肺(体外循環)についてまとめてみました

2. 人工心肺法と心筋保護 歴史 / 心筋保護法 / 実際の方法 / 合併症

歴史

 心臓外科の歴史において、人工心肺法(または体外循環法)の開発と、心筋保護法の進歩は画期的なものでした。

 心臓を切り開いて手術を行うためには、主として2つの障壁を乗り越える必要があります。ひとつは、心臓はその中に大量の血液が循環している臓器であるということ。もうひとつは心臓は絶え間なく動いている臓器であるということです。

 前者を解決するために体外循環法が発達しました。これは、何らかの形で心臓を迂回する血液の通り道を体の外側に作ってあげる方法で、その回路に心臓の役割をするポンプと、血液を人工的に酸素化させる人工肺を組み込んだものが「人工心肺」というわけです。この回路を使用すれば、心臓の出入り口で血液を止めることが一応可能となります。

 さて、この状態では心臓の中はかなり血液が少なくなり(空にはなりませんが)、ある種の手術は可能かもしれません。しかし心臓は動いたままです。そこで外科医は、止まっている心臓で手術をしたいと思うようになります。これがふたつ目の障壁です。いかに心臓を止めて、尚かつすんなりと復活させることができるか、という問題に直面しました。そこで発達したのが「心筋保護法」です。


■心筋保護法

 心筋保護法も時代とともにさまざまに変遷してきています。まず最初に考えられたのは、心臓を冷やすという方法です。話は前後しますが、心臓に限らず人間の内臓は、ある程度冷やせば「冬眠」させることができ、限られた時間内ではありますが、血液が流れなくても(つまり酸素が供給されなくても)死なずにすむ仕組みになっています。この理論を用いれば、人工心肺を使用しなくても、全身を冷却して心臓を止めて手術することも不可能ではありません。実際行われていた方法ですが、人工心肺法がある程度安全な方法として確立されてからは、ほとんど行われなくなりました。

 さて、心筋保護法に話しを戻します。このように心臓を冷やせば、ある程度の時間は止まった状態でも復活させることができます。しかしこれも長時間は無理で、個人差もあり、それだけでは不安定な方法です。そこで開発が進んだのが「心筋保護液」です。これは、心臓の筋肉を停止させ、その間に腐らないように代謝を調整させる液体です。これを冠動脈に注入すれば、心臓がすんなり止まって、尚かつ長い時間止まっていても元に戻るのです。現在でもさまざまな「心筋保護液」がありますが、基本的な組成は、カリウム、マグネシウムなどの電解質、糖分、緩衝液などです。冷えているものと常温のもの、血液が入っているものといないものに分けられます(始めへ)。


■実際の方法

 さて実際はどのように「人工心肺」を体に付けるのでしょうか。

 全身から心臓に戻ってくる血液は上下の大静脈を通って右房にそそぎます。そこで上下の大静脈、あるいは右房に太い管を入れて、体外に導きます。これが人工心肺回路を循環し、今度は大動脈に入れた管を通して全身に送られるようになります。こうして心臓(と肺)を迂回する道ができるわけです(左図)。

 この大動脈の管(送血管と呼びます)より心臓側で、鉗子によって大動脈を挟み、さらにその心臓側から大動脈に心筋保護液を注入すれば(上図)、それが冠動脈に流れ、心臓は停止します。このようにして、心臓(あるいは大動脈)を切って中の修復をしたり、また表面の細い血管にバイパス手術をすることができるのです(始めへ)。実際の装置の動画を用意しましたので参考にして下さい。


■合併症

 最近では、人工心肺法はかなり安全性が高い手技になっていますが、いまだに100%安全かというとそうではなく(そもそも医療すべてにおいて100%というものはありませんが)、さまざまな合併症の可能性があります。大きく3種類に分類できます。

1. 臓器への血液供給が器械のポンプから送られるため、非生理的になってしまうことによる弊害

 正確に因果関係が証明されてるわけではありませんが、脳への血流が悪くなって脳障害を起こしたり、肝臓腎臓の障害が起きることが挙げられます。

2. 人工の管を心臓や血管に挿入したり、大動脈を鉗子で挟んだりすることによる機械的な弊害

 心臓や血管が裂けたりすること、また大動脈の壁に付着している動脈硬化の「滓(かす)」が剥がれて脳や内臓に詰まってしまう合併症が挙げられます。

3. 血液の凝固能(固まる作用)が抑制されることによる弊害

 人工心肺を使用する場合、人体の血液を体外の機械に通すため、血液の固まる作用を抑えるヘパリンという薬が使われます。また体温を下げることや、その他様々な原因でも血液の凝固能は低下します。そのため全身から血が出やすくなり、脳出血を始めとした内臓出血や、手術で縫ったり剥がしたりした場所からの出血が予想以上に多い場合もあります。