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弁膜症治療にかかせない薬、ワーファリンについて詳述しました。 | |||||
5.ワーファリンについて 歴史 / 作用 / 適応と禁忌 / 定期的血液検査 / 食事との関係 / 中止するとき / 妊娠と出産 / 新しい抗凝固薬 ワーファリンは血液の凝固能を低下させる薬です。 1920年頃、カナダや北部アメリカの牧場で、若い元気な牛が急に出血が止まらなくなって死んでいくという病気がはやりました。調査の結果、腐ったスイートクローバーを牛に食べさせることがその病気の原因であるとわかりました。当時、牛の飼料がそれまでの牧草から、大量に収穫できるスイートクローバーに変えられつつあったのです。また、ムラサキウマゴヤシ(ビタミンKを多く含む)を食べさせると出血が止まることもわかりました。その後、ウイスコンシン大学の生化学者が、腐ったスイートクローバーから出血誘発物質としてdicoumarolという物質を見つけ、1943年にはその誘導体としてワーファリンを合成することに成功したのです。 ワーファリンは血液中に直接作用するわけではありません。血液を凝固させる物質は数多くありますが、そのうちのいくつかが肝臓で作られています。その合成にビタミンKが関わっていて、ワーファリンはそのビタミンKを阻害することで、抗凝固作用を発現します。このためワーファリンは内服してからその効果が現われるまでに2〜3日かかるのです。同じ理由で内服を中止してからも2〜3日は効果が持続するのです。 以下の病気が適応(ワーファリンを内服するのに適している)となります。
時に適応になる病気
■禁忌(ワーファリンを使ってはいけない病気、状態)
妊娠中の使用と分娩については後述します。 以下、人工弁置換術後の患者さんを想定して話を進めます。 ワーファリンは治療域が狭く(有効かつ安全な範囲が狭い)食事や他の薬剤、体質などに影響されるため定期的にその効果をチェックしなければなりません。具体的にはトロンボテスト、あるいはプロトロンビン時間で評価します。施設によってどちらを指標にするかは異なりますが、世界的には後者が一般的です。後者は試薬による誤差を補正した値「INR」で評価されます。 日本人で人工弁(機械弁)の場合、トロンボテストで8%から15%ぐらい(値が低いほど血が固まりにくい)、INRで1.8から2.8ぐらい(値が高いほど固まりにくい)が理想でしょうか。欧米の目標値はもっと厳しくINRで2.5から3.5ぐらいです(3.0から4.5などという文献もある)。大動脈弁置換で心房細動がなければ、心内血栓ができにくいため少し弱めに(INRを低めに)コントロールしてもよいとされています。
ワーファリンはビタミンKによってその効果が減弱します。よってビタミンKを多く含む食材には注意が必要です。単位グラムあたりのビタミンKの量が最も多いとされる納豆、クロレラは原則禁止されます。その他の食材は基本的に摂取可能です。納豆、クロレラも、定期的に同じ量を摂取するのであれば、(その分ワーファリンを多めに出せばよいわけで)絶対にダメというわけではありません。現実的にはそのような奇特な患者や医師は稀有なため、原則禁止しているわけです。以下にビタミンK含有量の多い食材を列挙しておきます。いずれも連日大量に摂取しなければあまり問題になりません。 かなり多い 納豆、クロレラ 多い パセリ、シソ、アシタバ、ほうれん草(葉身)、生ワカメ、アマノリ、チリメンキャベツ など やや多い クレソン、トウミョウ、ミツバ、シュンギク、カブ(葉)、ヒジキ、乾燥ワカメ、メキャベツ、コマツナ、ニラ、ブロッコリー、ネギ(緑色部)など 上記よりも少ない レタス、キャベツ、キュウリ、グリーンアスパラ、インゲン豆、エンドウ豆、コンブ、牛レバー など
■他の薬剤との関係 ワーファリンは他の薬剤との相互作用が多い薬です。ワーファリンを内服していることは他の医師にかかる場合、必ず伝えなければなりません。
抜歯のときに中止にする医師、歯科医師もいますが、INR2.5未満であれば内服を継続したまま抜歯は可能です。また止血しにくくても目に見える場所なので、とにかく圧迫していればまず止まります。 別の疾患の検査、治療などで体や内臓に針を刺したり、生検をしたりする場合は、中止や減量を行いINRが低下しているのを(1.5以下)確認する必要があります。よくあるのは、胃カメラで組織を取る場合、大腸ファイバーでポリープを取る場合などです。また全身麻酔の大きな手術や、内視鏡手術を行う場合も同様に中止、減量が必要です。 ワーファリンは胎盤を通過するため胎児への影響があります。ひとつは「催奇形作用」といって、胎児に奇形を起こすことがあります。これは妊娠初期に起こり、骨や軟骨の形成に異常をきたす奇形が知られています。また、主に出血が原因で脳障害や神経障害を起こすことも報告されています。妊娠中期、後期でもやはり何らかの出血性合併症の可能性があり、出産時には母体側の出血が致死的になることもあります。以上の理由で、原則的には妊婦へのワーファリン投与は禁止されます。 よって、将来的に妊娠、出産を望む女性が弁置換術を受ける場合、原則的には生体弁を勧めます。 それでは、既に機械弁を持つ女性が妊娠出産を望んだ場合はどうでしょうか? これまでの流れで言えばかなり困難が伴うことを話し原則的には禁止します。しかし絶対に不可能ではなく、ふたつの道が残されています。ひとつは、胎盤を通過しないヘパリンという抗凝固薬を妊娠期間中にうまく使い分けて管理する方法です。この方法はある程度のリスクを伴うため、あえて行う医者は少ないでしょう。もうひとつ大胆な方法ですが、妊娠に先立ち、機械弁を生体弁(特にステントレス弁)に再手術して取り替えてしまう手があります。これも心臓外科医の中では議論が分かれるところでしょう。 これまで説明してきたようにワーファリンというのはかなりやっかいな薬です。そこで最近、新しい抗凝固薬が開発され、注目を集めています。→こちらへ進んで下さい。
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