中頭病院心臓血管外科へ
■大血管の手術■
1. 大動脈瘤について 2. 大動脈解離
3. ステントグラフト内挿術   4. マルファン症候群について

  1. 大動脈瘤について

    定義 / 分類 / 症状 / 診断 / 手術の目的 / 方法 / 合併症

■大動脈瘤(だいどうみゃくりゅう)とは?

 大動脈とは、全身に血液を送る大血管のことです。大動脈はまず心臓から頭側に向かって出ると、弓状にカーブを描き、胸部の左後ろを下に向かって走行します。そして横隔膜を貫いて腹部に入り、臍の少し下の高さで左右に分かれますが、一般的にここまでを「大動脈」と呼びます。この間で、人体の各部へ送られる血管が枝分かれしています。横隔膜の上を胸部大動脈、下を腹部大動脈と呼びます。

 大動脈瘤とはこの大動脈の一部が「」=「こぶ」のように膨らんだ状態のことです。一口に大動脈瘤と言ってもさまざまに分類されます。


■分類

部位による分類

 瘤は大動脈のいろいろな部位にできます。

 胸部腹部、また両方にまたがれば胸腹部となります。胸部でも上行弓部(弓状になって脳へ向かう重要な血管が出ている部分)、下行と区別されています。これら部位によって手術方法が大きく異なってくるのです。

形態による分類

 「こぶ」といっても、大きく2種類の形があります。「紡錘状」のものと「嚢状」のものです。

          

瘤の壁の構造による分類

 大動脈の壁は通常、内膜、中膜、外膜の3層構造になっています。大動脈瘤になっている壁の構造によって3種類に分類されます。

 1.真性瘤:瘤の壁にも通常の大動脈の壁構造がみられるもの。紡錘状、嚢状ともある。

 2.解離性瘤:大動脈壁の解離によって出来たもの(「大動脈解離」参照)。ほとんど紡錘状。

 3.仮性瘤:瘤の壁に大動脈の壁構造がみられないもの。ほとんど嚢状。外傷、感染など特殊な原因で生じるまれな瘤(始めへ)。

■症状

 まず始めに「解離性瘤」に関しては「大動脈解離」をお読み下さい。

 さて、真性瘤(仮性瘤も)の多くは破裂しない限り症状がありません。逆にそれがこの病気の恐ろしいところです。まれに破裂しないでも症状が出ることがあり、瘤の場所によって異なります。頻度が多い症状では、胸部の瘤が神経を圧迫することによって起こる「嗄声」(声がかれること)があります。腹部大動脈瘤で破裂していないのに腹痛や腰痛を自覚することがあります。この場合、多くは「切迫破裂」といって破裂の前兆ですが、「炎症性腹部大動脈瘤」という特殊な病態で腹痛を生じることがあります。また「感染性大動脈瘤」と呼ばれる怖い病気があり(まれです)、細菌などの感染が原因で大動脈に瘤ができる疾患で、これも瘤そのもので痛みを伴います。

 破裂したら症状は重症で、激しい痛み、呼吸苦、意識障害などを起こし、突然死することもあります。切迫破裂のように数日間症状がじわじわ持続することもあり、この場合も早期診断、治療が必要です。

■診断

 大動脈瘤は、前述のように症状に乏しく、健康診断や他の病気の診察中に偶然見つかることが多い病気です。腹部であれば触診(触って診断)、胸部であればレントゲンで疑われます。CTスキャンで診断は確実となり、エコー、MRIなども行われます。必要に応じて血管造影が行われます。

 紡錘状の瘤の場合、正常の大動脈経の1.5倍以上に拡張している時に大動脈瘤と診断します。よって胸部では45mm以上(正常30mmぐらい)、腹部では30mm以上(正常20mmぐらい)を一般的に瘤と診断します。一方、嚢状瘤は小さくても形が明らかであれば瘤と診断されます(始めへ)。

■手術適応

 紡錘状瘤の場合、まず大きさ(最大横径)によって判断します。胸部では60mm以上(50mm以上という施設もある)、腹部では50mm以上(40mm以上)がだいたいの目安です。というのは、大きければ大きいほど破裂しやすいという統計的な推論があるからです。またそれより小さくても拡大速度が早ければ手術の適応となります。

 嚢状瘤は小さくても拡大傾向があれば手術の適応です。また仮性瘤(ほとんど嚢状です)は診断されたら手術が考慮されます。

 切迫破裂は緊急手術の適応です。破裂したら直ちに手術です。

■手術の目的

 唯一最大の目的は破裂の予防です。理由は、破裂してからの手術成績がきわめて不良だからです。また、破裂すると手術にも間に合わず亡くなることがあるからです(始めへ)。

■手術の方法

 瘤を人工血管で置き換えるのがメインの手技です。これはすべての瘤で同じです。

 それを達成させるために、手術には大きく二つのステップがあります。ひとつは、置き換えるべき大動脈を、瘤を含めて必要な範囲だけ露出させる操作です。ふたつ目は、その部位の血流を遮断しても大丈夫なように、必要な補助手段を施す操作です。よって手術する瘤の部位によって方法は異なってきます。

 

 腹部大動脈瘤に関しては血流遮断による障害がほとんどないため、ふたつ目の操作はありません。それが問題となるのは、胸部および胸腹部大動脈瘤です。具体的には体外循環(人工心肺の項参照)、低体温臓器冷却などを適宜組み合わせて行います。これらの方法は複雑で専門領域に入るため、ポイントだけ二つ挙げておきます。ひとつは脳への血流を遮断する時の「脳保護」をどうするかという点、もうひとつは脊髄への血流が遮断される時の「脊髄保護」をどうするかと言う点です(始めへ)。

■手術の危険性、合併症について(胸部、胸腹部大動脈瘤に関して)

 「」と「脊髄」に関わる合併症は、どんなに工夫を凝らしてもゼロではありません。具体的には脳梗塞を始めとした脳障害、脊髄に関しては下半身の麻痺(対麻痺といいます)が起こることがあります。世界でトップを争う施設でも、脊髄障害による下半身麻痺の頻度は8%(胸腹部瘤の場合)などという数値が出ています。この分野の手術にとっては、ある意味宿命と言えるでしょう。

 その他、心臓、肺、腸などあらゆる臓器の障害が起こり得ます。また、外科医が最も忌み嫌う合併症が「出血」と「感染」です。特に胸腹部大動脈瘤は「あらゆる外科手術中最も止血がやっかいな手術」と言っても過言ではないぐらいです。感染というのもどんなに注意を払っても、悪魔のように忍び寄ってくることがあります。縫い合わせた皮膚が開いてしまうだけの軽症なものから、人工血管やその周囲に膿が貯まって敗血症になったり、人工血管が外れてしまうという重症なものまであります。

 現在、腹部大動脈瘤の手術はかなり安全で確実にできるようになってます。一方、上記のように胸部、特に胸腹部大動脈瘤侵襲が大きな手術で、その成績は外科医の腕を始めとした施設の総合力によるところが大きく、受ける患者側は慎重になるべきでしょう。(インフォームド・コンセントの項参照)