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人工弁について解説します | ||||||
2. 人工弁について 人工弁の種類 / 機械弁 / ワーファリンについて / 合併症 / 生体弁 / ステントレス ■人工弁の種類 心臓弁膜症に対して、悪い弁を新しい弁に取り替えてしまうという手術が弁置換術です。この「新しい弁」には大きく分けて2種類あります。「機械弁」と「生体弁」です。生体弁はさらに「異種生体弁」、「同種生体弁」、「自己生体弁」の3種類に分けられます。 このうち自己生体弁は正確には「人工弁」ではなく、「ロス手術」という(自分の肺動脈弁を大動脈弁に移植する)特殊な手術で用いられるもので別項で説明します。また同種生体弁は「Homograft(ホモグラフト)」と呼ばれ、ヒトの死体(あるいは脳死体)から摘出した弁を凍結処理したもので、現在日本で保険適応はなく入手経路も特殊なため、ここでは説明を省略します。よって以下「機械弁」と「異種生体弁」について解説します。 ■機械弁 機械弁というのはすべて人工の材料から構成されている弁です。1960年に初めて人体に使用されてから、さまざまなタイプの機械弁が開発されてきています。現在主流な機械弁は二葉弁といって、主にパイロライティックカーボンという材料でできた半月状の二枚の板が蝶の羽のように開閉する構造をしているタイプの弁です(下図、M=僧帽弁位、B=大動脈弁位)。 機械弁に限らず人工弁の評価は次の3点に凝縮されると言ってよいでしょう。耐久性(=長持ちするかどうか)、血行動態(=弁としての働きはどうか)、抗血栓性(=血の固まりが付きにくいかどうか)です。 まず耐久性に関してですが、機械弁は優れていると言えます。介在する事情がない限りどの年代の人でも一生涯保ちます。「介在する事情」については後述します。血行動態に関しては、現在のところ前述した二葉弁タイプが最良の出来で、構造や材質に長年にわたり改良が加えられており、ほぼ問題はありません。 次に抗血栓性について説明します。一般に、体内を流れる血液の中に人工の物質が晒されると、血液はそれを取り囲むように固まり始めます。血管の外に血液が出た(つまり出血した)時も同様に、血液は「凝固」といってどろどろと固まるのは多くの人が体験して知っていると思います。この血の固まりを「血栓」といいます。すると当然、機械弁も心臓の中に入れたら血栓が付いてしまいます。機械弁の歴史は、この血栓をいかに付きにくくするかという工夫の歴史でもありました。現在、かなり血栓は付きにくい材質、構造になりましたが、やはりまだ薬物の力が必要です(始めへ)。
その薬物が「ワーファリン」という飲み薬です。ワーファリンは血液が固まりにくくなる薬です。機械弁が体内にある限りは、この薬を飲まなければなりません。さて、ワーファリンを飲むと人工弁の部分だけでなく、体中の血栓の形成が抑えられます。よって効きすぎても危険な薬物なのです。適切な効果が得られるワーファリンの投与量には個人差があり、また個人においても食事や体調で変化します。したがって、これを内服中は定期的(1〜3ヶ月に1度)に血液検査を行って投与量を調整しなければなりません。このことが、機械弁における最大の短所であります。ワーファリンは胎児に悪い影響を及ぼすことがあると同時に、出産時に大量出血する可能性が高いため、妊娠する可能性がある女性には原則使用できません。また、血液の病気などで出血しやすい人にも使いにくいものです。あるいは、何らかの事情で定期的な内服や通院が困難な人にも使いにくい薬剤です。これらのことを考慮した上で機械弁は選択されなければなりません。ワーファリンについては別項に詳述しましたので興味ある方はご覧下さい(始めへ)。
さて、不幸にも機械弁に血栓がついてしまい、それが弁の働きを障害するようであれば再手術が必要です。これが前述した「介在する事情」=合併症のひとつです。 他にも再手術を要する重大な合併症がいくつかあります。次に挙げられるのが人工弁感染です。これは文字通り、人工弁に細菌や真菌が根を下ろし、繁殖してしまう状態で、生体弁でも起こります。抗生物質の点滴で改善する軽症のものもありますが、多くは人工弁を縫いつけた部分が崩れ、穴が開き血液が逆流してしまうため、再手術が必要です。 また、稀ではありますが、機械弁の周囲の自分の組織が「タコ(胼胝)」のようにもりあがってきて弁の動きを障害することがあります。専門的には「パンヌス」が形成されると言います。これも障害の程度によって再手術が必要です。また、感染が原因でない人工弁逆流もあり、例えば人工弁の縫いつけ方が悪かったりとか技術的な原因で起こることがあります。いずれにせよ人工弁の脇から血液が漏れてしまい、溶血という現象が起こります。これは、血液が狭い隙間をいきおいよく通るため、赤血球が壊れてしまう現象で、貧血や腎臓障害を引き起こします。こうなったら再手術が必要です。 このように機械弁といえども、稀ではありますが再手術が必要な合併症があることを、手術を受けられる方々は認識しておかなければなりません(始めへ)。
始めに記したとおり、人工弁で生体弁と言えば異種生体弁のことなので「異種」は今後省略します。生体弁にはステント付きとステントレスがあります。 (ステント付き):ステントというのは弁の支柱のようなものです。現在日本で使われているステント付き生体弁は、ウシの心膜を利用したものです。ウシの心膜が、開いたり閉じたりするピラピラした弁膜の部分になり、それを支える部分、つまりステントは人工物から出来ています。心臓に縫いつける、縫いしろの部分も人工線維から出来ています(下図)。 さて、生体弁の耐久性、血行動態、抗血栓性はどうでしょうか。優れている方から説明します。生体弁は抗血栓性に関して機械弁より勝っています。弁膜の部分が生体(異種ですが)で出来ているからです。一般的には手術後3〜6ヶ月ほどワーファリンを服用し、以後はアスピリンでよいとされています。ただし、心房細動という不整脈がある場合はワーファリンを飲み続ける必要があります。 血行動態ですが、これも特別な問題はなく、機械弁と比べ優劣は付けがたいと言えるでしょう。最後に耐久性に関してですが、これが生体弁の唯一の、しかし最大の短所と言えるでしょう。そのスピードには個人差はありますが、時間とともに生体弁は劣化し、固くなったり、穴が開いたりしてきます。現在かなり改良が加えられたとはいえ、10年から15年、長くても20年が耐用期間です。一般的に、若い人ほど劣化のスピードは早く、高齢者ほど遅いとされています。また、透析をしている患者さんは、弁に石灰が沈着しやすいといわれています(始めへ)。 ■ステントレス生体弁 一方、ステントレスとはブタの大動脈弁そのものを加工したもので、文字通りステントと呼ばれる部分がないものです(左図)。このステント部分は人工のもので、固くなっています。ステントレスの最大の利点は、固い部分が無く、弁の柔軟性が保たれ、いろいろな状況で心臓に馴染む、つまりより生理的であるという点です(本来の正常な弁に近い)。もうひとつの利点は、人工部分がないため、理論的には弁の耐容性はステント付きより優れている、つまり長持ちするという点です。ただし、技術的にはやや複雑で経験を要するため、対象は特殊な状況の患者さんに限られると思われます。この弁は、狂牛病問題に端を発した輸入制限のため2002年より使用困難となりましたが、2004年3月より再び可能となっています。今後はさまざまな状況で、この弁が選択される機会は増えるものと思われます。 |
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